とやまの見え方

あまたある出版物の中から富山にゆかりの人物や事象を発掘し、富山を新しい視点で紹介

アルファベットの秘密

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 私たちの使う言葉に、カタカナやアルファベット表記が多くなった、と指摘されて久しくなります。時に和製英語と揶揄されることもありますが、そもそも英米人は、アルファベットつまりABCなどの個別の文字そのものにどんな印象やイメージを持っているのか、私は疑問でした。アルファベットは単なる記号で、それ自体には何の意味もなく、いくつかが組み合わさって意味を持つ言葉になる、そのための味気ない道具とみなされているのでしょうか。
 かねがねそんなことを考えていたら、幸い『英国人デザイナーが教えるアルファベットのひみつ』と題する書籍を見つけました。著者は英国出身のアンドリュー・ポセケリ氏、日本在住歴13年のフリーランスグラフィックデザイナーです。
 さて、「A」は、予想通り、著者によるとアルファベットの先頭にあり「ナンバーワン」を意味するものとして認識されているそうです。また、こんなエピソードを紹介しています。アメリカの研究によると、試験前にAの文字を見た学生は、見なかった学生より良い成績だった。さらに、「failure=落第」の頭文字Fを見た学生は、より悪い結果に終わったということです。
 次に「B」は、やはりB級、二流ということのようです。
〈Bは、いつまでたっても第1位のAの次点に甘んじるように運命づけられている。最初のプランが失敗した時の次善の策という意味の「プランB」、あるいは招待客やセレブの「Bリスト」といった使われ方をする。〉
 のだそうだ。
 さらに「C」です。日本人には、チョット想像力を要するのだけれど、Cは、Fと同じく日常生活で絶対に使ってはいけないNGワードの頭文字であると、著者は力説しています。
〈この言葉は、その文字を冠した「c-word=cで始まる言葉」と表現したり、英語ではよく用いられる手法だが、「c*nt」というふうに母音を「*(アスタリスク)」にしたりする必要がある〉
 と、そんな気遣いがかの国にあるそうです。
 そして、「V」です。これは、勝利を意味するサインとして、英国首相ウインストン・チャーチルが2本指で掲げて広まったということです。しかし、当初のチャーチルは、そのVサインの手のひらを、外に向けたり内側に向けたり、定まっていなかったそうです。ところが、上流階級出身のチャーチルは、手のひらを内側に向けて2本指を立てるのは英国の労働階級では侮辱にあたることを、知らなかったらしい。それを指摘されてから、チャーチルは手のひらを外に向けたVサインにしていたそうです。
 こうした英米の国のエピソードを数々書いた英国人の著者ですが、日本の事情も書いています。それが、「Y」です。
〈ファスナーの製造会社YKKは、筆者の文字に関する興味を大いにそそった。頭のYはいかにもファスナーの形のイメージだし、二つのKはファスナー業界での優位性を、ある意味宣言している。しかし(ご存知の方も多いと思うが)YKKは実は日本の企業で、Yは単に日本語のローマ字表記では英語よりもよく使われる文字であり、創業者・𠮷田忠雄のイニシャルに過ぎなかった。YKKは運が良かった。〉
 著者は、「K」の項で、「King=王」の優位性やポジティブを意味することもあると、指摘しておられる。
 何十年も前だろうか、私は、テレビコマーシャルで、この富山に本拠を持つ会社のYが、開いていくファスナーを象徴するのに、見とれたことがありました。

(引用参考文献) 
『英国人デザイナーが教えるアルファベットのひみつ』アンドリュー・ポセケリ著
エムディーエヌコーポレーション 2016年9年1日刊

 

著者のプロフィール

千田 篤(せんだ・あつし)

富山市在住の公認会計士税理士事務所所長。月刊「実業之富山」にて富山ゆかりの人物、事象などをテーマにしたエッセイ「とやまの見え方」を160回にわたり連載。著書に『世界の食糧危機を救った男 稲塚権次郎の生涯』がある。

「米騒動」のこと

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 今年(二〇一八年)は越中富山の滑川で「米騒動」が起きて一〇〇年と、新聞が特集記事を組んだりしています。

 それで思い出して、書棚から書籍を引っ張り出し、パタパタとホコリを払い落として広げてみました。

 別技篤彦著『世界の教科書は日本をどう教えているか』です。書名のとおり、約二十カ国の教科書の中の日本記述が、著者のコメントと共に紹介されています。

 その中の一つに、中国の高校用『簡明世界史』があります。北京大学歴史学系の委員たちが執筆編集したもので、上中下三巻千百ページの大冊だそうです。

 別技さんによると、この『簡明世界史』では、古代からの日本固有の文化の発展や特質にはほとんど触れられていないそうです。

 そして、「元寇」については、中国とは「兄弟民族」であるモンゴル人が、その四方への侵略政策をとり、その指向した一つに「日本」の二字をあげるにとどめているそうです。要するに、「他民族」のやったこととして扱っているのです。

 別技さんによると、 〈当時中国は全土が「元」の領土で、日本への遠征軍の過半は江南出身の漢民族だった事実には言及していない。〉 ということらしい。つまり、他人事扱いなのでしょう。

 一方、別技さんによると、 〈日本の「現代史」記述は「米騒動」の章で始められる。〉 のだそうです。その後の文章を、孫引きになりますが、紹介してみます。

第一次世界大戦で大きな経済的利潤をあげた日本は、ますます、資本主義、帝国主義への道を邁進し、中国の政情を利用して「二十一箇条」要求をつきつけた。一方ロシア革命に刺激された労働者、学生などの被圧迫大衆は反抗して空前の大規模な民衆蜂起としての「米騒動」を起こすに至った。》

 これに続く内容を要約した別技さんの文章を、要約しつつ引用すると、 〈この米騒動への参加者は「一千万人、全国の三分の二の地域に及んだ」と述べている(日本側の調査では参加者七十万人)。それ以後社会主義団体の結成が相次ぎ…一方朝鮮では日韓併合後の日本の圧政に反抗して民衆がいわゆる「三・一暴動」(一九一九年)をおこし、以来民族解放闘争がさかんになったとする。

 さらに「満州事変」…一九三一年以後日本は完全なファシスト国家となって中国の各地を侵略したが、盧溝橋事件(一九三七年七月)はいよいよ日本帝国主義の中国本土侵攻の始まりであったこと、その後日本は太平洋戦争に突入して東アジア全体を戦火に巻き込み、人びとに多大の苦難を与えたが、結局ファシズムは崩壊して新中国の誕生をみるに至った経緯などを詳しく述べている。〉

 なんだかなぁ、「越中滑川でおっかちゃん達が騒ぐと、中国大陸に共産国家ができた」という『簡明世界史』の筆法には、「風が吹けば、桶屋が儲かる」が連想され、富山県人としては、はてさてどう対応したものやら。

 別技さんは、この著書の「あとがき」に〈外国を知ることはむずかしい。もうわかっているはずだと思うのに現実はなかなかそうでもない。〉と記しておいでだ。

 まったくそのとおりに違いない。

(引用参考文献) 『世界の教科書は日本をどう教えているか』別技篤彦著、白水社 一九九二年三月刊

 

著者のプロフィール

千田 篤(せんだ・あつし)

富山市在住の公認会計士税理士事務所所長。月刊「実業之富山」にて富山ゆかりの人物、事象などをテーマにしたエッセイ「とやまの見え方」を160回にわたり連載。著書に『世界の食糧危機を救った男 稲塚権次郎の生涯』がある。

風呂桶のこと

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 よく出かけるスポーツ・センターに広い浴場があります。洗い場は、壁に向かって、右から左へ十人がずらりと横一列に並んで座る配置です。

 椅子に座ると、目の前に一人ずつの鏡があり、その右横の上に各々専用のシャワーも設置してあります。取り外しても使え、栓を一度押すとお湯が噴出し、一定時間が経過すると自動的に止まり、流しっぱなし防止の節水型です。

 洗い場の難点は、隣の人との間に仕切り壁がなく、間隔がやや狭いことです。

 先日、右から二番目の席だけ一つ空いていたので椅子に座りました。

 さて、体を泡だらけにしてシャワーを手に取って流し始めたら、右隣の年配の男性が、私に向かってブツブツ言います。

 聞き返すと、私が手に持っているシャワーのお湯が飛び散って体にあたるから、注意しろとのお叱りです。「こりゃ失礼しました」と謝ってみたものの、このシャワーは、一度栓を押すと一定の時間が経過するまで止まらない仕組みです。見渡すと私の周りは、程よい間隔で止まっていますが、私のは、なかなか止まりません…。ようやく止まりました。

 残りの泡を全部流そうと、もう一度栓を押して体に当てましたが、案の定、右の男性は不機嫌です。左の男性も、不機嫌な顔をしているような気がします。

 どうも、わたしのシャワーは、他よりも長いばかりか、明らかに水勢も強いのです。だいぶん前のこと、手から落として、シャワーが逃げ回るウナギみたいになって困ったことがありました。今回は慎重に握りましたが、どうして私のシャワーだけこんなことになっているのだろう、と考えているうちに、うっかり頭にシャンプーをつけて泡立ててしまいました。

 さあ、どうする。もう一度シャワーを使うか…、名案が浮かびました。シャワーはやめて風呂桶にお湯を満たし、それを頭からかぶれば良いじゃないかと、しっかり両手で持ち、頭上に差し上げ4、5回かぶりましたが、お湯は飛び散ります。

 男性はまた不機嫌な顔です。そして、「シャワーで頭を洗うときは、こう使うんだ」と、わざわざ私に話すと、自分のシャワーを鏡の右上部に固定し、さらにそれを右に向け、そこへ自分の頭を近づけて、洗ってみせるのです。

 しかし、彼のシャワーの水勢は程よく弱いし、程よく止まる。何よりも、彼は洗い場の一番右端だから右隣には洗い席はなく、他人にお湯をかける心配がない。

 しょうがないや、と風呂桶を眺めるうちに、こんな記述を思い出しました。同じ日用の物品でも日本の西と東では形状が違う、という蘊蓄本です。

 意外なことに、銭湯の風呂桶の大きさも関西のほうが小さいのだそうです。

 それも、関東では体を洗ってから湯船につかるが、関西ではまず湯船で体を温めてから体を洗うので、風呂桶を使って湯船の湯を汲んで体にかける「かかり湯」をするため、大きな桶だと重くて使いにくい、またお湯が勿体ないという理由から、関東のものよりも小さくなっているらしい。

 そして、〈銭湯における風呂桶の代名詞とも言える「ケロリン桶」も、関東用と関西用ではサイズ違いで作られて〉いるのだそうです。

 ケロリンとは、言うまでもなく“薬の富山”の鎮痛薬の代表的なブランド名です。黄色い風呂桶の底にくっきり書いてあることは皆さまご存知のとおり。

 そこで思うに、私が使った風呂桶は、確信はないけど、関東風の大きな桶で、頭からかぶるには不向きだったらしい。

(引用参考文献) 『くらべる東西』おかべたかし文、山出高士写真 リーブルテック 2016年7月刊

 

著者のプロフィール

千田 篤(せんだ・あつし)

富山市在住の公認会計士税理士事務所所長。月刊「実業之富山」にて富山ゆかりの人物、事象などをテーマにしたエッセイ「とやまの見え方」を160回にわたり連載。著書に『世界の食糧危機を救った男 稲塚権次郎の生涯』がある。