とやまの見え方

あまたある出版物の中から富山にゆかりの人物や事象を発掘し、富山を新しい視点で紹介

「米騒動」のこと

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 今年(二〇一八年)は越中富山の滑川で「米騒動」が起きて一〇〇年と、新聞が特集記事を組んだりしています。

 それで思い出して、書棚から書籍を引っ張り出し、パタパタとホコリを払い落として広げてみました。

 別技篤彦著『世界の教科書は日本をどう教えているか』です。書名のとおり、約二十カ国の教科書の中の日本記述が、著者のコメントと共に紹介されています。

 その中の一つに、中国の高校用『簡明世界史』があります。北京大学歴史学系の委員たちが執筆編集したもので、上中下三巻千百ページの大冊だそうです。

 別技さんによると、この『簡明世界史』では、古代からの日本固有の文化の発展や特質にはほとんど触れられていないそうです。

 そして、「元寇」については、中国とは「兄弟民族」であるモンゴル人が、その四方への侵略政策をとり、その指向した一つに「日本」の二字をあげるにとどめているそうです。要するに、「他民族」のやったこととして扱っているのです。

 別技さんによると、 〈当時中国は全土が「元」の領土で、日本への遠征軍の過半は江南出身の漢民族だった事実には言及していない。〉 ということらしい。つまり、他人事扱いなのでしょう。

 一方、別技さんによると、 〈日本の「現代史」記述は「米騒動」の章で始められる。〉 のだそうです。その後の文章を、孫引きになりますが、紹介してみます。

第一次世界大戦で大きな経済的利潤をあげた日本は、ますます、資本主義、帝国主義への道を邁進し、中国の政情を利用して「二十一箇条」要求をつきつけた。一方ロシア革命に刺激された労働者、学生などの被圧迫大衆は反抗して空前の大規模な民衆蜂起としての「米騒動」を起こすに至った。》

 これに続く内容を要約した別技さんの文章を、要約しつつ引用すると、 〈この米騒動への参加者は「一千万人、全国の三分の二の地域に及んだ」と述べている(日本側の調査では参加者七十万人)。それ以後社会主義団体の結成が相次ぎ…一方朝鮮では日韓併合後の日本の圧政に反抗して民衆がいわゆる「三・一暴動」(一九一九年)をおこし、以来民族解放闘争がさかんになったとする。

 さらに「満州事変」…一九三一年以後日本は完全なファシスト国家となって中国の各地を侵略したが、盧溝橋事件(一九三七年七月)はいよいよ日本帝国主義の中国本土侵攻の始まりであったこと、その後日本は太平洋戦争に突入して東アジア全体を戦火に巻き込み、人びとに多大の苦難を与えたが、結局ファシズムは崩壊して新中国の誕生をみるに至った経緯などを詳しく述べている。〉

 なんだかなぁ、「越中滑川でおっかちゃん達が騒ぐと、中国大陸に共産国家ができた」という『簡明世界史』の筆法には、「風が吹けば、桶屋が儲かる」が連想され、富山県人としては、はてさてどう対応したものやら。

 別技さんは、この著書の「あとがき」に〈外国を知ることはむずかしい。もうわかっているはずだと思うのに現実はなかなかそうでもない。〉と記しておいでだ。

 まったくそのとおりに違いない。

(引用参考文献) 『世界の教科書は日本をどう教えているか』別技篤彦著、白水社 一九九二年三月刊

 

著者のプロフィール

千田 篤(せんだ・あつし)

富山市在住の公認会計士税理士事務所所長。「実業之富山」にて富山ゆかりの人物、事象などをテーマにしたエッセイ「とやまの見え方」を連載。著書に『世界の食糧危機を救った男 稲塚権次郎の生涯』がある。